A-LeroyのQueerなΨ難日記

Beauneへ行きたいA-のΨ難とかクィアなセクシャリティーとか

セミナー発表!

先日、後期の研究室セミナーの発表を何とか終えました💨

修士研究の過去・現状・これからーミクロカノニカルアンサンブルの状態数を中心に・・・」というタイトルで。

先ずは、私の、量子研にいる(=私が今、ここに生きている)理由である、

自由エネルギーの概念の本質的理解を最終目標として宣言した後に、

差し当たりの目標、つまり今年、来年、修士過程での研究という点で考えてること、のたうちまわってることを宣言し、意見、議論を促した。

A,B,C,Dの区別出来る箱に、それぞれ等確率で、区別出来ないN個の玉を分配するとする。この試行をM回繰り返す。

すべての分配の場合の数=全状態数Wと、M回の試行によって実際に現れるそれぞれの状態は、何か、その系を特徴づけることが出来るだろうか??

ちなみに、それぞれの状態すべてに、状態1,状態2,・・・と名前をつけた。

このよう仮定を、フォートランのプログラムを書き、コンピュータにやらせた。 乱数発生をさせ、箱に当確率にふるようにし、do文で、i=1,N

j=1,Mとして・・・

どんな状態が多く、どんな状態が少ないのか?

それは何故か?

➡️例えば、N=4なら、

(A,B,C,D)=(4,0,0,0)の状態は極めて少なくて、(1,0,1,2),(1,1,1,1)のように玉の数が等しく分配される状態が頻出となる。

ここで、話は、変わるが、

「等重率の原理」エネルギーが等しいならば、それぞれの状態の出現確率は等しい

がどういうことなのか、この時、玉=エネルギー量子は区別してるのか、してないのか?

上の”箱と玉の例“なら、等重率が成り立つとはどんな状況のことなのか?

を考えることになる。

エネルギー量子は、きっと、誰かの意志とかなく、<ランダムに!>各粒子に分配されるはず、という単純な考えから、先ずは、各粒子に平等に玉を分配してみた。

でも、等重率の原理が成り立つという状況は、状態1~状態Wまですべての状態が同じづつ登場するというはず。

では、等重率の原理の、ある一つの<状態>ってどう数えてるのだろうかー?

【結論】箱と玉の試行では、私は、玉を区別してない、つまり、状態を各箱に入った玉の「個数」だけで、識別した、はずだった。

しかし、プログラムで、1回目、k回目、・・・、N回目にAに分配される玉、これらは、後に、すべてまとめて状態x「Aに◯個,・・・」と同じ名前をつけられるのだが、

<1回目、k回目、・・・、N回目に>という段階で実は区別してるのである。

これらをすべて重複カウントしたので、

N=4なら、

(A,B,C,D)=(4,0,0,0)の状態は極めて少なくて、(1,0,1,2),(1,1,1,1)はその重複分だけ多いのである。

化学統計力学の授業でよく話されることなのだが、

粒子たちが、みな同じ数のエネルギー量子を等しく持っている、

というのは極めて起こりにくくて、実際には、系の中にはエネルギーをたくさんもつ粒子もいれば、少ししか持たない粒子もいて、エネルギーをたくさんもつ、少ない一部の粒子が、アクションを起こすから、数々の化学反応は起こる、

この話は、資本主義社会の人の集団とお金の分配、でも同じようなことが、言えて・・・皆が同じお金をもつのは社会主義なんだけれども、このような状態は、自然には極めて起こりにくくて、 こんな極めて起こりにくいことを強制的にやろうとするものだから社会主義は難しいのだ

という例え話も一緒に思い出された。言われてみれば納得なのだが、

これでもやはり、

「何故、エネルギー量子というのは、そのように分配されるのか?」という根源的疑問は発生して、どうしようもない…>_<… 私たちは、このように分配される性質をもつ”何か”をエネルギー量子と呼ぶのだろうか?

この議論はさておき、

次は、調和振動子9個、量子Q個(キューという音で合わせた訳ではありません笑)のミクロカノニカルアンサンブルで、計算したこと、考えたこと、を発表した。 その話は次回に。

嶋田ありさ

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