A-LeroyのQueerなΨ難日記

Beauneへ行きたいA-のΨ難とかクィアなセクシャリティーとか

葬式後


私の現状報告です。

告別式、火葬場では酷い腹痛と尋常ではない気持ち悪さがあり、程度としては、インフルエンザになった時ぐらいの気分の悪さでした。
特に、左の肋骨の下あたりが痛みます。
火葬場ではほとんど食べられませんでした。いや、何があったのかすらあまり覚えていません。
お吸い物、ご飯、果物・・・??
普段、体格のわりにかなりしっかり食べてる私を知っていますので、 大叔母が大変心配してました。

昨晩式から帰ってから、体調を崩して寝込んでおります。  
火葬後の夜、一度、新横浜駅まで行きましたが、あまりにも痛く気分が悪くなり、チケットを翌日に変更して帰ってきました。
そして、今日もとても帰京は出来ないので、払い戻しの手続きをしにJRの駅まで行ってもらいました。

お母さん、本当にごめんなさい。

母によれば、私が鈍痛を訴えてる左の肋骨の下あたり、偶然にも、祖母が入院してから痛みを訴えていたところと全く同じらしいです。

かなり疲れが酷いだけだと思うから休めば大丈夫だと思います。通夜前から火葬後までの約24hほど疲れたのは未だかつてないです。

さすがにもうボロボロです。
修論のことは、すべて飛びました。
今は何も出来ない状態です。
とにかく元気がない。
数日前に先生とあれほど議論したことが、断片的にか思い出せず、文章にできないです。
何も考えられないのです。
文章が  バラバラの一つ一つの字 として見えます。

今朝起きた時は、頭痛と腹痛とだるさが本当に酷かったですが、ロキソニン錠を飲んだら頭痛は幾分よくなりました。
一番気になる左の違和感というか、鈍痛は消えませんが。

今は、メールや電話で連絡をして予定を変更してもらったり、この日記を書く程度の気分にはなりました。 

今は、横浜の家で、母が側にいますから大丈夫です。

追伸

途中から読んで頂く方、私と直接親しいわけではない方にとって誤解を招く表現があったようですから、訂正しました。

「京都(現シカゴ)のお父さん、お母さん」というのは、「あだ名」と同じような感覚です。 ごく普通に両親と暮らしてきた先輩が、秘書の方のことを「京都のおかん」と呼び、結婚式でもそう紹介していたのと同じです。
私は、横浜に母がいて、
父親とは一切連絡をとっておりません。
「京都の父」というのは、京都へ来て、ぐろっとでアルバイトをしていて、元店主が、数多いアルバイトスタッフたちみんなそれなりに可愛がって大切にしていましたが、それでも
そのような事情の私だからこそ、「『京都のお父さん』として頼っていいよ」、と学部生時代から格別可愛がってもらって助けてもらっております。


横浜にいる母に加えて、京都の父母(元バイト先の店主夫妻で、京都にいる時は、私を娘のように可愛がってくれてます。学部二回生から毎年一年も欠かさず誕生日ケーキを用意してくれます。) 、そして素晴らしい友達・先生たちがいますから。