A-LeroyのQueerなΨ難日記

Beauneへ行きたいA-のΨ難とかクィアなセクシャリティーとか

報告(ありがとうございます♡)



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「本番は練習の七割」と何度も言われてきました。
そして、【練習の平均は越えられない】とこの世界では良く言われているようです。
私は、
「練習の平均の演奏が出来た★」
と勝手にですが、思ってます。
平均律が終わった直後の休憩で、友人が駆け付けて
ありさーーっっ!!本当、輝いてたよ✨✨✨☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」と言ってくれました。
また、彼女は、自分自身は洋楽を少し聞く程度で音楽が全然わからないけど、彼女の母がクラシック、J.S.Bachもよく聴いていて、次々とテーマが出てきて発展していく感じが良いなぁ、って感じたと言ってくれました。何も解説してないのに、FUGAの形式など全く知らなかった彼女がFUGAの面白さを感じてくれてすごく嬉しかったです(^^)   

たくさんの友達が、遠いところ長時間にわたるコンサートへいらしてくださって本当に幸せです。
ワイン会の先生、先輩的な友達、
それから、一人は理学部、もう一人は医学科、二人とも素晴らしい同級生です☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

そういえば、
昨年のイギリス組曲以来、ピアノのレッスンでJ.S.Bachの曲に関して
「ここは研究してみてください」という言葉が出てくるようになりました、学習、練習じゃなくて、【研究】という言葉が!

興味あるものを対象とした勉強・研究というのは楽しくて嬉しくて、至上の幸せを与える唯一無二の手段でしょう。
どんなに素敵な友達がたくさんいても、自分のアイデンティティ(=学業) がなければ、学業で幸せでなければ、私と彼らとの会話の楽しみ・喜びは半減、いやそれどころかスカスカで面白みのないものになるでしょうから。
「どうしようもない生徒だから少しでもマシになりたいなら勉強しなければならない」のではなく、自由に生きて幸せになるために勉強するのです。そもそも、義務教育、その社会で生活する最低限の勉強以外は、まして、専門的な勉強なんて、自由にやって楽しくて喜びがあって、幸せだからやるものです。
 これらを教えてくれたのは、京都大学の環境と素晴らしい教員たち、尊敬する学生たちでした。
それでも、このようなコンサートに出演し、「◯◯音大」という経歴を多々見かけると、今でも羨ましく思い、ものすごい憧れを感じます。正直、かなり問題が多々あって、とても今の研究がスムーズ、順調とは言えないこともあって、特に非常に辛く困った状況の時は、
私も音大進学を諦めずに続けていたら……と今だに少しは感じます。また、今から、理論を必死で勉強して、文系か音楽でも理論の方の学部に進学して、自分の夢ーーフーガの技法ーーを叶えようと思うことも多々あります。
それでも、だから、改めて思いました、
【学習・勉強・研究は幸せになるためにやるんだ!】って確信するに至るにはこの学部・院の時間が必要だったから、
私はこれで良かったんだって……。


来年の演奏会では、SINFONIAから一曲、絶対に弾きます!!




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