A-LeroyのQueerなΨ難日記

Beauneへ行きたいA-のΨ難とかクィアなセクシャリティーとか

「告白」の時に

告白、というと CONFESSON 、実は…、悪いことしました……、の告白って感じですがーー

違います、

でも、この状況をすべて伝えてしまうと、私が確かにここにいる、と感じさせる何かを失うような気がして、

それを言ってしまうと確かにここのメンバーである、という何かしるしのようなものを失う気がして、

ただ伝えるだけなのに辛くて淋しくて。

先日、マインツから一時帰国された先輩とかなり久しぶりにお会いして話しました。彼はここで一番古くから知り合いの先輩で、とても優しくて穏やかで話をいつも聞いてくれる方でした。私は、彼が離れる時は本当に淋しくて淋しくて仕方ありませんでした…>_<…

みんなでわいわい話してる時は無理だったけど、

最後に帰り際に呼び止めて「告白」をしました。

彼も、ちょうど私と同じ時期、つまり博士課程一回生のころ、同じように悩み、(所属は変えずに)

ドイツへ短期留学を決め、実質的には指導教員が変わりました。そして、D2から、完全にここを離れ、所属も向こうに移りられました。

私とかなり重なるところがある状況です。

研究テーマはまるで違うのですが。

まだその先輩は、私よりは状況が大分マシでした。

というのも、研究室のメインテーマだったので他の多くの先輩に教えてもらえる状況でした。

それでも悩んで悩んで、苦しんで、どうにもできなくて、そのテーマを捨てて行ってしまわれました………

私は、「自由エネルギー」を、

できれば三角・カゴメ格子のフラストレーション系、相転移に関する研究に拘り続けたいです、

だって、このテーマで楽しい話をたくさん伺って、こんなに好きになったんですから。

彼は、時々帰国された時に一度はここに寄ってくれるので、ここにいれば会えることがありました。

離れた先輩たちとのつながりを確かに感じられました。

それももうすぐなくなるのです。

どんなに辛くて淋しいことなのでしょうか?

一回生の時から数々の講義、院試、研究でお世話になってきた親切な先生は、

「友達と別れるのが淋しいって気持ちはわかるし良いことだけど、それは別に大したことないんじゃない? 近いんだし、飲みに行けば良いじゃないですか・・・」云々 仰るけど、

近くたって、わざわざはなかなか会わないものです。

同じ所属で同じ部屋だからこそ、

お昼にはコーヒー入れて駄弁る、ソファー座って漫画貸しあってダラダラおしゃべり、からかいあって笑ったり、

ゼミの後なんとなく飲み会したり、

寒くなったら思いつきで鍋飲み会やる、

なんて、気軽に交流して話せるのです。

ここのみんなが集まる楽しい楽しいパーティーに参加できないなんて。

研究室の忘年会は、B4,M1 の時は、まさに幸せの絶頂を感じるイベントでした。

昨年は、修論で大変な状況なのに交通事故、祖母のことで、何も考えずに有頂天になるという状況ではありませんでしたが、それでも強い幸せを感じました。

今年は、切なくて切なくて仕方ないです。

イベント自体はとても楽しみですが。

私は、博士課程の学生なのに、他の博士課程の学生はみんな後輩たちに研究のことを教えているのに。

後輩たちとは他のメンバー以上に仲良しなのに、研究や計算に関する手段のことでは何も教えてあげられず、かわいいかわいい彼らの修論に関して何も助けられず、

申し訳なくて残念で情けない。

もうじき学位取得をして卒業される先輩は、

私たちがD1 に上がる時に、「私はもう一、二年で離れると思うから、君たちはもうD1になるんだから、みんなで協力して後輩を教えるんだよ。」って言ったのに、

あとの二人は確かに出来ているのに、私だけ全く出来てないどころか、私が(コンピュータープログラムのことを)同級生や先輩に聞いてばかりだった。

そんな私なのに、みんな親切にしてくれたし、研究テーマがただ一人まるで違う私を助けようとはしてくれたし、コメントやアドバイスしてくれたし、私の個性を尊重してくれたし、何よりとても仲良く親しくしてくれてきた。

ただただ少しでも長くここに一緒にいたい、という経験が生まれて初めてで私は当惑しているようだ。

だから、だから、今は、彼らとただただ一緒にいて飲んで楽しい話で駄弁る時間を一番に大切にしたくて、

「告白」を先延ばしにしたくてーーーーー